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和歌山地方裁判所 昭和31年(ワ)380号 判決

原告 宮崎伊佐朗 外三名

被告 白浜町 外一名

主文

別紙目録記載不動産につき、昭和三十一年一月二十日、和歌山地方法務局所属公証人口井光助作成第四六〇三四号不動産売買契約公正証書正本にもとずき、被告白浜町が被告大川猛に対してなした売買契約は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

当事者の申立

原告等代理人は主文同旨の判決をもとめ、被告等代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決をもとめた。

事実上の主張

原告等代理人の陳述

一、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)はもと大阪市の所有であつたが、被告町はこれを金八百万円で同市より買受け、昭和三十一年四月十七日、その所有権移転登記を完了して被告町の町有財産となつた。

ところが被告町の町長は同三十一年一月二十日、和歌山地方法務局所属公証人口井光助作成第四六〇三四号不動産売買契約公正書正本にもとずき、大阪市より買受けた金額と同額の金八百万円で該不動産を一旅館業である被告大川に売渡した。

そこで被告町の住民である原告等は、同年三月九日、地方自治法第二百四十三条の二にもとずき、本件契約を町長の違法な財産処分であるとして、当時被告町には監査委員の設置がなかつたので、被告町の町長に対し、監査請求を行つたが、同町長は同月二十八日本件売買契約については町議会の議決を経ているから何等違法な点はないと回答したのみでその後何らの措置もしない。

二、本件売買契約は次の理由で無効である。

(1)  地方自治法第二百十三条第二項、および、これに基く白浜町条例第六十四号第四条によれば、所掲の山林などの重要な財産につき、独占的な利益をもたらすような処分をする場合には、選挙人の投票においてその過半数の同意を得なければならないが、本件不動産は登記簿上も事実上も明かに右規定にいう山林に該当し、大阪市より買受ける際には、これを公衆用道路ならびに公共建物敷地等公共用に利用することを条件としていた住民の福祉に関係する重大な財産であるところ、これを一旅館業者である被告大川に売却することは明かに同被告に対し独占的な利益を与える処分である。しかるに本件売買契約については、前記法令所定手続による住民の同意を経ていないから無効である。

(2)  仮に本件不動産が、前記条例第四条に規定する山林に該当せず、従つて本件売買契約については前記手続による住民の同意を経なくとも、町議会の議決さえ経れば適法であるとしても、被告町の町長は、本件契約につき何等被告町議会の議決を経ていないから、本件売買契約は無効である。

(3)  また仮に被告代理人主張のごとく、昭和三十年九月二十三日本件売買契約について被告町議会の議決を経た事実があつたとしても、被告町が本件不動産を大阪市から買受けたのは、同三十一年三月一日、これが所有権移転登記を完了したのは同年四月十七日であつて、議決当時本件不動産はいまだ町有地でなく、また当時本件売買契約についての予算措置は何等講じられていなかつたものであるから、何れにするも明白かつ重大な瑕疵あるものとしてその議決は無効である。

(4)  さらに、仮に右議会の議決が有効であつたとしても、本件売買契約が締結されたのは、前述のごとく昭和三十一年一月二十日であつたのに対し、被告町が本件不動産を大阪市から買受けたのはその後の同年三月一日であるから、被告町の町長は、いまだ被告町の所有に属しないものを町有地として被告大川に売つたものであつて、かかる売買契約は無効である。

右の何れの点よりするも本件売買契約はその主要な要件を欠いた無効なものであつて、被告町の町長が、一私人である被告大川の私利をはかつてしたかかる独善的な町有財産の処分は、地方自治の公正な運用のために許されないものであるから、地方自治法第二百四十三条の二第四項に基き、本訴を提起するものである。

被告等代理人の陳述

一、本件訴訟は原告代理人主張のごとく地方自治法第二百四十三条の二、第四項に基くものとすれば行政訴訟であり、従つて一私人たる大川猛に対する部分はその被告適格を欠き不適法である。

二、原告代理人主張第一項の事実は認めるがその余の事実を争う。

三、本件売買契約は以下に述べる通り所定の要件をそなえた適法な処分である。

(1)  原告代理人主張のごとく、本件不動産は、不動産登記簿上地目が山林になつていることは認めるけれども、大阪市有時代すでに戦時中よりその地目を健民修練所用地としていたもので、しかもその後何の施設建物も設置されず、その一部に松立木数本があつたけれども、その大部分は砂地で、あるいは雑草の生えるがままに、あるいは塵芥の捨場となつて永年放置されていたもので、実質的には全く山林ではなかつたのである。地方自治法第二百十三条第二項白浜町条例第六十四号第四条に規定した山林とは、同条例第二条所定の山林と比較考量するとき、住民多数の福祉に関係する実質的な森林をいうのであつて、本件不動産のごときはそれに当らず、明かに第二条の山林、即ち町議会過半数の同意を経て処分し得る山林に該当するものである。また本件売買については、町は相当の代価を得たのみならず、被告大川より町に対して、本件不動産のうち八十坪を白浜町都市計画道路用地として無償譲渡するととにも右道路改修に要する費用として金七十万円を寄附するとの条件が附されていたから、何ら独占的利益を与える処分でもない。いずれによるも、本件不動産の処分については地方自治法第二百十三条第二項白浜町条例第六十四号第四条所定の手続による住民の同意を要するものではなく、同条例第六条又は第八条所定の被告町議会の議決による同意を得れば足りるものである。

(2)  本件売買契約についてはその要件としての被告町議会の同意を得ているものである。

すなわち、昭和三十年九月二十日招集の被告町議会が、議案未了のため会期が延長され、同月二十三日再開された際、大阪市から本件不動産を買受けるむねの議案第八十二号とともに、議案第八十三号として本件売却処分についての議案が上程され、全員の同意による議決を経たものである。

(3)  本件売買契約の予算措置については、本件不動産を大阪市から金八百万円で買受けるにたる財源が白浜町になかつたため、町が被告大川にこれを売却して得る代金を以て大阪市に支払うよう町議会議員全員の事前の諒承を経ていたところであり、又昭和三十一年二月二十四日開かれた町議員全員協議会においても本件売買代金八百万円については歳入歳出外現金として収支の措置をとることに全員の承認を受けていた。かくして昭和三十年十二月十九日被告大川から売買契約の保証金として受領した金三百万円を即日大阪市に支払い、同様に翌三十一年三月一日さらに被告大川より残金五百万円の支払を受け、即日これを大阪市に支払つたもので、本件不動産の買受による歳出およびその売却に伴う歳入についてはその後同三十一年三月九日の白浜町議会において議案第十二号昭和三十年度白浜町歳入歳出第六回追加更正予算として議決を経ているものであつて、その点においても何等の違法はない。

以上何れの点よりするも本件売買契約は適法な被告町長の処分であり、原告の請求は理由がなく、棄却さるべきものである。

立証方法〈省略〉

理由

一、被告等代理人は本案前の抗弁として本件訴訟は行政訴訟であるから、一私人である被告大川猛に対する部分は、被告適格を欠いて不適法であるむね主張する。

本件訴訟は、地方自治法第二百四十三条の二により特に認められた地方自治行政の公正を目的とする所謂客観的訴訟であるから、その目的を達するために必要な限り、特に明文の規定はなくとも同訴訟の対象である当該違法行為の当事者として、訴訟の目的に直接具体的な法律関係を有し、判決によつて直接その権利に影響を受ける者をもその公私の資格にかかわらず共同被告とすることが許されるものと解すべきところ、本件訴訟の趣旨とするところは、その表現に多少のあいまいさはあるが、要するに、白浜町長南和七が同町の代表者として被告大川猛との間に締結した町有財産の売買契約の無効の確認をもとめるというにあることは弁論の全趣旨に徴し容易に了解しうるところであるから、本件訴訟の対象である右契約の当事者である被告双方を共同被告として提起した本件訴の適法であることはいうをまたない。

二、そこで本案について考える。

本件不動産はもと大阪市の所有に属していたところ、被告白浜町がこれを金八百万円で買受け、昭和三十一年四月十七日、その所有権移転登記を完了したこと、被告白浜町は、同年一月二十日公正証書により本件不動産を金八百万円で被告大川に売却処分したこと、その後白浜町住民である原告等が、地方自治法第二百四十三条の二に基き、本件売却処分を違法な処分として、被告の町長に対し、同条所定の監査請求を行つたが、被告の町長は何等の措置をもなさなかつたことについては当事者間に争いがない。

しかし、被告等の間になされた本件町有財産の売買契約の効力については争いがあるので、その点について判断する。

(1)  本件不動産の処分が住民投票による同意を要するものであるかどうかの点について。

原告等代理人は本件不動産は地方自治法第二百十三条第二項、および、これに基く白浜町条例第六十四号第四条に規定する山林に該当するから、その処分については右法条に規定する住民の同意を要すると主張するが、成立に争いのない乙第五号証(白浜町条例第六十四号)を検討すると、同条例の第二条第二十四号にも、処分等に議員の過半数の議決を要する財産として、同じく山林の標目があり、両条を比較し、地方自治法ならびに条例の法意にかんがみて考察すると、第四条の山林とは、住民多数の利益に関係ある魚付保安林や入会林等、実質的にも森林乃至は山林であるものをさすと解すべきところ、本件不動産は、なるほど地目が登記簿上山林となつていることは当事者間に争いのない事実であるが、成立に争いのない乙第三号証の一、二、および、証人峯尾繁、同北尾千代治、同渡辺鉦三、同山口定雄、同田野清一郎、同安田義峰、同小野寺裕、同湯川喜之助、原告本人宮崎伊佐朗の各供述を綜合すると、本件不動産は、大阪市有時代すでに戦時中より地目を健民修練所用地としていたのを、昭和三十一年三月一日頃、山林に地目を変換したものであるが、その実体は大部分砂地で、一部に松の立木十本内外が生立していたにすぎず、戦時中より何らの施設建物も設置されず、戦後一時芋畑になつていたことはあるけれども、殆んど雑草の生えるがままに、あるいは塵芥捨場として放置されていたことが認められ、従つて、実質的に前述のような森林乃至山林とは到底考えられず、又証人上村明の証言によれば、本件土地を大阪市から買受ける際には、白浜町の公共の用に供することが条件であつたことは認められるけれども、その事実をもつてしても本件土地を右条例第四条所定の山林等と認めることはできない。従つて本件不動産の処分については、原告等代理人主張のような住民の同意を要するものではなく、被告等代理人主張のごとく町議会の議決を経ることを以て足りるとすべきである。

(2)  町議会の議決があつたかどうかについて、

証人岩城一治、同北尾千代治、同山口定雄、同渡辺鉦三、同安田義峰、同岩城惣四郎、同今津勝太郎、同羽山秀夫、同上田芳伴、同田野清一郎、同十河唯右衛門、同小野寺裕、同湯川喜之助および同芝脇安蔵(再尋問)の各供述、ならびに、成立に争いない乙第七号証の一、同第十三号証、同第十四号証を綜合すると、次の事実が認められる。

すなわち、白浜町においては議案第六十六号乃至第八十一号を予め告示の上、昭和三十年九月二十日同町議会が招集されたが、当日案件多数のため審議未了により、会期延長の議決をして同日一旦休会し、同月二十三日再開された議会においては、先ず審議未了であつた議案第七十五号乃至第八十一号について審議採決を了えた後、町当局の求めにより口頭をもつて、本件不動産を買受けるむねの議案第八十二号とともに、同買受不動産売却処分について同意をもとめる議案第八十三号が緊急上程され、審議の結果、前者の大阪市より買受けの案件については全員異議はなかつたけれども、後者の本件売却処分については、議員の中に種々疑義反対するものがあつて採決にいたることができなかつたため、結局議長は、全員協議会に付託し同会で得た結論を当議会の決議とされたいとの町当局の要請を全議員にはかり、特に異議の申出はなかつたけれども、その要請について正式の決議をとることもなく同日の議会を閉会した。議会閉会後、当日直ちに議員全員協議会が開かれ、本件売却事案について種々論議が交はされたけれども、その席上においてもついに結論に到達することができず、さらに議長をふくむ町議員八名と、町当局として町長、助役、収入役の三役とより構成される特別委員会に、右事案についての一切を付託処理することとして、同日全員協議会をも閉会した。その後同年十月一日頃、先の全員協議会で選出された構成員のうち、町議員側七名および町当局側二名が出席して特別委員会が開かれ、再び本件について検討し、その席上において漸く本件売却処分を諒承する結論にたちいたつたものであること、前記昭和三十年九月二十日、二十三日に開かれた白浜町議会記録(乙第七号証の一)には右事実に反し、同二十三日の議会以前に設置開催された全員協議会および特別委員会において如上の結論に達し、同議会はそのむねについて採決したところ、全員異議なく可決されたように記載されているけれども、真実は前記の通りであつて記録の体裁上、たんに先後をつくろうためそのような表現をとり、そのむね議長外二名の議員が自認の上署名したものであることが認められる。

前記認定事実によれば、少くとも昭和三十年九月二十三日の白浜町議会の席上、本件売却処分について直接議決がなされたことがなく、かつまたその際議長から諮られたところの本件に関する議案を全員協議会に付託の上、その結論をもつて同議会の議決とされたいという町当局の要請についても、特に積極的な採決、決議もなかつた。そして右要請について異議申出がなかつたことは、当時すでに長時間に亘る審議のため各議員が相当程度疲労しておつたことよりして、果してその趣旨を了解して賛意を表明したものかどうか甚だ疑わしく、仮に賛意な決議があつたものとしても、地方自治法にその根拠を有せず、その他何等の法的規制も受けない全く恣意な話合いの場に過ぎない、所謂全員協議会に付託して、賛否何れとも未確定な後日の決定をもつて事前に議会の決議とするというようなことは、公開の原則をはじめその他各種の厳格な法的手続に従つてのみ議会の意思を決定せしめようと意図する地方自治法の精神を著しく逸脱するものであるばかりではなく、本件においては、同全員協議会は、その付託された本件案件をさらに特別委員会と称するものに付託しておるのであるが、ここに所謂特別委員会とは地方自治法で定められた正規のそれではなく(正規のそれも何等決定機関でなく審査機関にすぎないことは明かである)、しかも前記十月一日頃本件売却処分について開かれた特別委員会は、その構成員として、議員以外に、町政の執行機関である町長、収入役等二名の者をも含む全く不可解のものである。かかる委員会の意思決定をも、なおかつ議会の意思決定とみなそうとする議会の議決のごときは、自己に課せられた神聖な地方議会の議決権を自ら放棄するにも等しいものというべく、何れの点よりするも、かかる議決の便法を認めることは、民主政治の基本である地方自治の適正な運用、ひいては法治国家の理念からして到底許されないものであるといはねばなるまい。

そうすると、本件町有財産の売却処分については、何等事前に適法な町議会の議決を得たことはなく、また事後においても同議決を経たという主張も立証もない本件においては、同処分が地方自治法ならびに白浜町条例第六十四号上普通決議または特別決議の何れの事案に該当するものであるかを問うまでもなく、所定の要件を欠いた無効のものであることが明かであるから、その余の点について判断するまでもなく本件売買契約の無効確認を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 亀井左取 下出義明 舟本信光)

(別紙省略)

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